震災の教訓を生かしたい 被災者の経験談を英語で世界へ

20130101a1

画像は河北新報社の厚意による。

2011年3月に東北地方で起きた、恐ろしい「トリプル惨事(地震・津波・放射能漏れ)」の認知度を高め、世界中の人々が将来起こりうる同様の事態により良く備えられるよう、東北地方の大手新聞社が特集記事を英訳して公開している。

この企画は、河北新報社と米ハーバード大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ市)の教員および学生ボランティアが連携して行っている。

河北新報社は、宮城県仙台市に本社があり、TEDxの講演者でもある寺島英弥が編集を手掛けている。仙台市は、東北地方最大の都市で、東京から北へ数百キロの太平洋沿岸に位置する。仙台市は2011年3月11日に起きた巨大地震と、それによって引き起こされた大津波の被害に見舞われた。

河北新報社の記者たちは、震災後の惨事を記録する側にあったと同時に被災した側でもあったのだ。

画像:河北新報より。

ハーバード大学の教員および学生と協力して、河北新報社は連載「わがこと」から38記事を英訳することになっている。第1回目の連載が2014年12月11日に公開され、あの地震と津波が起きた直後の状況について、地元新聞社ならではの目撃談を通して、英語で伝えた。

宮城県石巻市の市立雄勝病院は、太平洋に続く入り江にある。患者のほとんどが地元のお年寄りという小さな公立病院だった。 

2011年3月11日、病院は高さ10メートルの屋上を超える津波に襲われた。入院患者40人全員と、病院にいた職員30人のうち24人が犠牲になった。

当時、病院の事務職員だった遠藤祥克さん(47)は、患者1人を同僚と屋上に運び上げた後、津波に巻き込まれた。

「多くの人が亡くなり、自分は助かった。『何で見捨てたんだ』と言われるんじゃないかと思うと、苦しくなる」

「プロローグ/いのちと地域を守る」より

現在までに英訳された記事は以下。日本語版は()内に表記する。

今後も数週間、あるいは数か月以内にさらに英訳記事が公開される見込みである。

「2011年3月11日に東日本大震災が発生した瞬間から、河北新報社の全社員は、一丸となりこの悲劇を記録し、災害の記憶と教訓を後世に伝えるため、たゆまず努力してきました。」ハーバード大学リー&ジュリエット基金歴史学部教授のアンドルー・ゴードンはこう述べる。

「震災後間もなく、ハーバード大学ライシャワー日本研究所の教授陣、スタッフや学生たちは、多くの組織と協力し、震災記録のデジタルアーカイブ化に取り組み始めました。今現在そして将来にわたってこの未曾有の悲劇の記憶を保存、共有することで、より多くの人々に活用してもらうためです」

そしてゴードン教授はこう続ける。「震災の経験が徐々に過去になり、人々の震災の記憶が褪せていくなか、われわれは3.11で被災した人々の心に迫る体験談を英訳するため、河北新報社と強い協力関係を築いてきました」

校正:Ikuya Ebina

コメントする

Authors, please ログイン »

コメントのシェア・ガイドライン

  • Twitterやfacebookなどにログインし、アイコンを押して投稿すると、コメントをシェアできます. コメントはすべて管理者が内容の確認を行います. 同じコメントを複数回投稿すると、スパムと認識されることがあります.
  • 他の方には敬意を持って接してください。. 差別発言、猥褻用語、個人攻撃を含んだコメントは投稿できません。.